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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)85号 判決

原告

ボーイング オブカナダ リミテッド

右代表者

ロバート エドワード ウォーラー

右訴訟代理人弁護士

熊倉禎男

辻居幸一

田中伸一郎

被告

特許庁長官

吉田文毅

右指定代理人

杉山正己

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が、昭和五九年八月二八日、昭和五八年特許願第一四七九一九号(以下「本件出願」という。)についてした出願無効処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五八年八月一二日、一九八二年八月一七日にカナダ国においてした特許出願第四〇九六〇〇号に基づく優先権を主張して、発明の名称を「異物の分離装置」とする発明について本件出願をした(最初に提出した願書を「本件願書」という。)

2  被告は、昭和五九年八月二八日、特許法一八条一項の規定に基づき、本件出願について本件処分をした。

3  原告は、昭和五九年一二月三日、本件処分について行政不服審査法による異議申立をしたところ、被告は、昭和六一年三月一三日、「本件異議申立てを棄却する。」との決定をした。

4  しかしながら、本件処分は、次に述べるとおり、違法である。

(一) 本件処分に至る経緯

(1) 被告は、本件出願について、昭和五八年一一月八日付手続補正指令書を同月二九日に発送し、原告に対し、次の書面を添付した手続補正書を右発送の日から三〇日以内に提出することを命じた(以下「本件補正命令」という。)。

① 適正な願書

特許出願人(法人)の代表者の項を設けて氏名を記載したもの。

② 代理権を証する書面

③ 適正な図面

イ 濃墨を用いて鮮明に描いたもの(全図)。

ロ 罫線、枠線等のない白色のトレーシングペーパー等を用いたもの。

(2) 原告は、昭和五八年一二月二九日、次の書面を添付した手続補正書(以下「本件補正書」という。)を提出した。

① 願書

本件出願の出願人の代表者の項を設けてその氏名を明記するとともに、本件出願時の本件願書で「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」と誤記した出願人の名称を「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」と正しい名称に更正したもの。

② 委任状及びその訳文

更正後の出願人の名称を記載したもの。

③ 図面

なお、原告は、同日、本件補正書と同時に理由書を提出し、その中で、本件願書において出願人の名称を誤記するに至った理由を説明している。

(3) ところが、被告は、昭和五九年二月一七日、本件補正書には手続不備がある、すなわち、法人証明書、不存在証明書及び誤記に関する証明書(出願依頼状等)の添付がないとの理由をもって、本件補正書を受理しない旨の処分(以下「本件不受理処分」という。)をした。そして、被告は、昭和五九年八月二八日、指定期間内に補正書の提出がなかったことを理由として、前記のとおり、本件出願について本件処分をした。

(二) 本件処分の違法性

(1) 本件処分は、特許法一八条一項の規定に基づいてなされたものである。しかしながら、原告は、前(一)のとおり、本件補正命令の指定した期間内に、本件補正命令に適正に対応した本件補正書を提出しているのであるから、本件処分は、右規定にいう「指定した期間内にその補正をしないとき」との要件を欠き、違法である。

(2) 被告は、本件補正書に添付された委任状(代理権を証明する書面)は、本件出願の出願人ではない者の作成に係るものといわざるをえず、結局、本件出願の出願人からは、本件補正命令に沿った委任状の提出がなされていないことになる旨主張するが、①本件願書の出願人の表示は、前(一)(2)のとおり、僅かに「カンパニー」の語を余計に含んでいる点で誤っているにすぎないところ、「カンパニー」なる語は、「会社」を意味する英語であって、商号中に「カンパニー」の語が含まれていても、それ自体は、何らの顕著性を有しないものであるから、住所が同一であるならば、本件願書において表示された「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」と、本件補正書において表示された「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」の両表示は、同一の法人を示しているものと解するのが社会通念に合致する。②原告が昭和五八年一二月八日付手続補正書をもって提出した優先権証明書は、原出願の出願人を「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」と明示しており、更に、右優先権証明書のみならず、本件補正書と添付の委任状及び同時提出に係る理由書をみてみれば、「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」が出願人の正しい名称であることは明らかである。③被告は、原告が「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダリミテッド」の名義の下にした本件処分に対する異議申立を適法なものとして受理しているが、このことは、被告が、「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」の表示が明白な誤記であることを認めたものである。以上によれば、原告の提出した「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」名義の委任状は、本件出願の出願人による委任状であると解されるから、本件補正書は、本件補正命令に沿って正しく補正されたものであったのである。

(3) 被告は、本件補正書については、昭和五八年二月一八日に本件不受理処分をし、同処分は既に確定しているのであるから、本件補正書を受理しておらず、したがって、本件処分は、適法であるとの趣旨の主張をするが、本件不受理処分は、次に述べるとおり、重大かつ明白な瑕疵があるから、無効である。すなわち、①被告は、補正の余地のない書類が提出された場合に、不受理処分と称して、提出された書類を単に返却しているが、このような不受理処分は、法律上何ら根拠のないものである。本来、補正の余地のない書類については、これを受理したうえ却下すべきであって、特許庁に提出書類の内容が記録として残らないような現行の不受理処分は、そもそも認められるべきではない。②仮に、不受理処分が認められるとしても、不受理処分は、出願人に対して重大な不利益を与える処分であるから、補正書が法によって要求される本質的要件を備えておらず、かつ、その瑕疵が補正によって治癒されえない場合にのみ許されるものである。しかるに、本件においては、原告は、前(一)のとおり、本件補正命令によって要求された補正を本件補正書によって忠実に行っており、単に、その補正と同時に自発的に出願人の名称の更正をしようとしたところ、名称の更正について、被告が要求する書類を添付していなかったというにすぎない。このように、右更正の手続は、証明資料の添付がないということに尽きるのであるから、被告としては、まず、本件補正書を受理したうえ、出願人の名称の更正についての証明資料の不備に対して補正を命ずべきであったのである。したがって、本件不受理処分は、本件補正命令に対応する補正書及び文書が提出されていたにもかかわらず、その受理を拒否した点において、また、出願人の名称の更正という新たな手続について補正命令をすることなくなされたものである点においても、明らかに違法である。しかも、原告の書類上の不備は、前記のとおり、「カンパニー」という語を余計に含んでいたにすぎないものであるところ、英米法系の国では、法人であること若しくはその法人形態を示す名称が、わが国のように明確ではなく多様であり、日本国の代理人に対する連絡に際しても、法人であることを示す名称が欠落することがしばしば生ずることに照らしても、右書類上の不備は、全く軽微な瑕疵である。③本件出願の出願人の正しい名称は「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」であって、本件願書に表示された「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」の名称が単なる誤記であることは、本件出願の優先権証明書に出願人の正しい名称が記載されていること、本件補正書と添付の委任状には出願人の名称が正しく表示されていること及び理由書において出願人の名称を誤記するに至った経緯が記載されていることから明白であったのである。しかるに、被告は、このような事案において、原告に対し、法人証明書ばかりでなく、不存在証明書及び誤記に関する証明書(出願依頼状等)の提出を事実上義務付け、本件補正書を不受理としたことは、法令上何らの根拠もない不合理な処分であり、違法である。④本件不受理処分の理由は、法人証明書、不存在証明書及び誤記に関する証明書(出願依頼状等)の添付がないということにあるところ、法人証明書が法人国籍証明書を意味するものであることは推認することができるとしても、不存在証明書とは何を意味しているのか、理解することができないものである。現に、本件出願について特許管理人に選任されている弁理士柳田ら(以下「柳田ら」という。)は、法人証明書に該当する書面は早期に入手したものの、不存在証明書については入手することができないため、補正書の提出をためらっているうちに、本件処分を受けたものであり、このように、本件不受理処分は、その内容自体極めて不明確であり、行政処分としては無効である。被告は、この点について、原告は、不存在証明書の意味が分からなかったとしても、被告に問合せをすれば容易に分かるのに、本件不受理処分から本件処分までの補正書を再提出するのに十分な期間を問合せをすることもなく漫然と徒過したものである旨主張するが、意味不明の書類についてその内容を明らかにすべき責任は本件不受理処分をした被告にあるのであって、原告にはない。また、不存在証明書とは、被告の本訴における主張から推察すると、誤記に係る出願人名の法人が存在しないことを明らかにする書面を意味するものと解されるが、このような書面は、原告の住所地であるカナダ国オンタリオ州においては、官公庁から入手することは不可能であり、まさに、本件不受理処分は、原告に不可能を強いているものである。なお、被告は、「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」の申立人名でした本件処分に対する異議申立を適法と認めているのであるが、このように、後になって不存在証明書の提出を不要としたのは、少なくとも不存在証明書が本質的要件にとって不要な書類であることを自認したものとみなさざるをえない。以上のとおり、本件不受理処分は、重大かつ明白な瑕疵が存するものであるから、無効と解さざるをえない。また、手続補正書の不受理処分は、補正命令に対して手続補正書が全く提出されなかったのと同一の状態を作り出すものと解すべきではない。なぜならば、違法な不受理処分についても、行政不服審査法所定の異議申立期間経過後には、補正書の提出がなかったものと同じにみるとすれば、被告の不受理処分手続の実際上の運用を自ら否定することになるのである。すなわち、一般に、特許庁の手続においては、不受理処分がなされた場合でも、出願人が不受理処分に対し異議申立をすることは極めて稀であり、出願人は、不受理処分に不服であっても、不受理処分に対し異議申立を行わず、改めて手続補正書を提出し、他方、被告は、補正命令の指定期間経過後であり、かつ、不受理処分に対する異議申立期間経過後であっても、この再提出された手続補正書を受理するのを慣行としている。このことは、被告が当初の書類提出の事実に何らかの法的拘束力があることを容認していることを示すものであって、不受理処分は、実体的には不受理ではなく、いったん受理した後に補正を要求したことに等しいものと解釈されるのである。そして、この実体的には補正命令に近い不受理処分においては、補正の期限が明示されていないが、外国人による出願の場合、通常、補正命令による補正期間が六か月与えられるところから、追完期間を教示していない不受理処分にあっても六か月を越える猶予期間を出願人において予定して追完するのが実情である。しかるに、出願人が違法な不受理処分に対し異議申立をすることなく、手続補正書の再提出を懈怠した場合にまで、不受理処分について、手続補正書が全く提出されなかった場合と同一の状態を作り出す効力を認めるとすれば、出願人は、必ず不受理処分に対する異議申立を行うとともに、他方で必ず手続補正書の再提出を試みることによって、事態を解決せざるをえないのであるが、かかる状況は、被告が頻繁に行っている不受理処分に関する実務を変更することになり、被告は、手続補正書の提出と同時に多数の異議申立を受けることになって、その実務が破綻を来すことは、目に見えている。したがって、違法な本件不受理処分には、本件補正書が提出されなかったのと同一の状態を作り出す効力を認めるべきではなく、本件補正書は、適法に提出されたものとみなされるべきである。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

(二)  同4(一)(1)の事実は、認める。同4(一)(2)については、本件補正書及び理由書が被告に対し提出されたことは認めるが、その余の事実は知らない。同4(一)(3)の事実は、認める。

同4(二)の主張は、争う。

2  本件処分の適法性

(一) 本件処分に至る経緯

(1) 原告は、特許法八条所定の特許管理人である柳田らによって本件出願をしたが、本件願書には、出願人の名称を「ザ デ ハビランド エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」と表示し、かつ、必要的記載事項である代表者の表示をしなかった。また、柳田らは、本件願書には、柳田らの代理権を証明する書面及び適正な図面を添付しなかった。

(2) そこで、被告は、柳田らに対し、本件補正命令をもって、本件補正命令発送の日から三〇日以内に手続補正書を提出すべき旨命じた。

(3) 柳田らは、昭和五八年一二月二九日、本件補正書及び理由書を提出したが、これは、特許出願人の名称を「ザ デ ハビランド エアクラフト オブ カナダ リミテッド」、代表者を「ラル バッティ」とするとともに、右ラル バッティ名による委任状及び適正な図面を追完するものであった。

(4) ところが、本件補正書には、出願人の名称を補正するのに必要な法人証明書等の添付がなく、右理由書には、「登記簿謄本は未着のため、追って補充致します。」との記載があったが、その後一か月以上経過しても法人証明書等が提出されなかったため、被告は、昭和五九年二月一七日、本件不受理処分をした。

(5) 原告は、本件出願についてその後も適正な補正をしなかったため、被告は、本件不受理処分から六か月を経過した昭和五九年八月二八日、本件処分をした。そして、原告は、本件不受理処分について不服申立をしていないので、同処分は、確定している。

(二) 本件処分の適法性

(1) 特許出願は、特許権を得ようとする者が、被告に対して、その意思を客観的に表示する行為である。特許出願が受理されると、出願の日を基準として出願の順位(いわゆる先願の地位)が定まるなど様々な法律上の効果が生ずるので、出願の主体である出願人が何人であるかは、出願の日において確定していなければならない。したがって、本件のように、願書の出願人の表示に何らかの瑕疵があり、その補正が許される場合であっても、出願人そのものは、既に確定していることは当然の前提であるから、その同一性の範囲内でのみ、出願人の表示の補正が許されるものであり、、出願人の表示の補正をする場合は、出願時の願書に表示された出願人という主体が変更するものではないことを、補正者側において積極的に証明する必要がある。そして、出願人が法人である場合には、実務上、かかる証明資料として法人証明書(登記簿謄本又は抄本)、補正前の誤記に係る出願人名の法人が存在しない旨の不存在証明書及び当該出願において出願人名を誤記した理由、経緯が明らかになる出願依頼状等の誤記に関する証明書類の提出が要求されているのであって、これらの証明書類によってのみ、当該補正によって出願時の願書に表示された出願人を変更するものではないことを判断することができるのである。また、原告も、理由書において「登記簿謄本は未着のため、追って補充致します。」といっており、出願人名の訂正には登記簿謄本が必要であることを認識していたものである。ところで、本件補正書は、出願人の名称の補正をすることを前提として、右補正後の出願人名義によって本件補正命令に係る補正をしようとするものであるが、本件補正命令は、代理権を証明する書面及び出願人の代表者の項を設けてその氏名を記載した適正な願書の提出を求めているのであるから、本件補正書に出願人の名称を認めうる法人証明書等の添付がない以上、本件補正書に添付された委任状は、本件出願の出願人ではない者の作成に係るものといわざるをえず、結局、本件出願の出願人からの本件補正命令に沿った委任状の提出があったとは認められないことになる。また、本件補正書には、法人証明書等の添付がないまま、その後その補充もなく、本件補正書は、瑕疵あるものであったから、被告は、適正な補正書の再提出を求めるために、本件不受理処分をしたのである。そして、本件不受理処分については、行政不服審査法に基づく異議申立がなされず、本件不受理処分は既に確定しているところ、本件不受理処分がなされた後約六か月の期間が経過しても、適正な補正書の提出がなかったから、被告は、相当の期間を指定して本件補正命令をなしたにもかかわらず、同期間内に適正な補正がなされなかったものとして、特許法一八条一項の規定により、本件処分をしたのであり、したがって、本件処分は、何ら違法ではない。

(2) 原告は、本件願書における出願人の表示の誤りは、僅かに「カンパニー」の語を余計に含んでいるにすぎず、住所が同一であれば、「カンパニー」の入った法人名と「カンパニー」の入らない法人名は、同一の法人を示していると解するのが社会通念に合致する旨主張するが、出願人が誰であるかを確認する正確な資料もなしに、安易に出願時の法人と補正に係る名称の法人とを同一のものと判断し、権利者の表示の変更を許容することはできない。また、原告は、本件願書に記載された出願人の表示が誤記であることは、本件補正書添付の委任状及び同時提出に係る理由書並びに優先権証明書から明らかである旨主張するが、本件願書に記載された出願人の表示が誤記であるか否かは、原告主張の右各書面では分からないものである。すなわち、理由書には、名称訂正後の出願人の代理人による訂正の理由が記載してあるのみで、その訂正が正しいか否かを判断しうる法人証明書等の書面の添付がないし、委任状も右訂正後の出願人の代表者名による右代理人への委任文言が記載してあるのみであり、これらの書面によっては、本件願書の出願人の表示が誤記であるか否かは分からないものである。また、優先権証明書についても、特許を受ける権利は、移転することができるのであって、基礎出願の出願人と本件出願人とが相違することは、当然にありうることであるから、基礎出願に係る出願人名に照らして本件願書の出願人の表示が誤記であることは明白であるとする原告の主張は失当である。更に、原告は、被告は、「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」の申立人名でなされた異議申立を適法と認めている旨主張するが、被告は、異議申立手続においては、原告から、委任状、法人国籍証明書(法人証明書)及び本件出願において法人名を誤記した理由、経緯が明らかになる出願依頼状等(誤記に関する証明書)が提出されたため、原告に異議申立適格があると認めたものである。

(3) 原告は、本件不受理処分は無効である旨主張するが、行政処分が無効であるというためには、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白な瑕疵がある場合を指すものと解すべきところ、原告の本訴における主張は、本件不受理処分における違法性が極めて大きいという抽象的なものにすぎないから、当然無効の主張としては、主張自体失当である。また、原告が本件不受理処分について異議申立をしなかったのは、本件補正書が手続不備であったことを認めたからであり、原告は、自らの判断と責任により、本件不受理処分を確定させたものであるから、それによる不利益は、当然に甘受すべきである。また、原告は、本件においては、原告は、本件補正命令によって要求された補正を本件補正書によって忠実に行っており、単に、その補正と同時に自発的に出願人の名称の更正をしようとしたところ、名称の更正について、被告が要求する書類を添付していなかったというにすぎず、このように、右更正の手続は、証明資料の添付がないということに尽きるのであるから、被告としては、まず、本件補正書を受理したうえ、出願人の名称の更正についての証明資料の不備に対して補正を命ずべきであったのである旨主張するが、本件においては、本件補正書及び理由書が提出されただけでは、最初に提出した本件願書の出願人の表示に瑕疵が存するか否か、補正を要するか否か、補正が許されるか否かなどが分からないのであるから、被告において、本件願書の出願人の表示に瑕疵が存することを前提として、当該表示を補正する旨の本件補正書を受理し、当該表示の補正が許される場合に該当することを証明する資料の提出を求める補正命令を発するということはできないのである。更に、原告は、不存在証明書とは、何を意味しているのか、理解することができないものである旨主張するが、本件処分に対する異議申立書の記載に照らせば、原告は、当初より、出願人の表示を補正する手続においては、実務上不存在証明書の提出が要求されていること知悉していたものというほかはなく、仮に、真実、不存在証明書の意味が分からなかったとしても、原告は、被告に問合せをすれば容易に分かるのに、本件不受理処分から本件処分までの補正書を再提出するのに十分な期間を問合せをすることもなく漫然と徒過したものである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1ないし3の事実及び同4(一)(1)、(3)の事実並びに原告が、被告に対し、本件補正書及び理由書を提出した事実は、当事者間に争いがない。右争いのない事実及び〈証拠〉によれば、(1)本件願書に出願人の代表者の氏名の記載がなく、また、本件願書に委任状及び図面の添付がなかったため、被告は、原告に対し、同年一一月八日、この書面発送の日から三〇日以内に、原告の代表者の氏名を記載した願書、代理権を証明する書面及び適正な図面を添付した手続補正書の提出を求める旨の本件補正命令をし、同月二九日これを原告に発送したこと、(2)原告は、同年一二月二九日、出願人の名称を本件願書において「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」としていたものを「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」とし(出願人の住所については変更はない。)、かつ、代表者の氏名を記載した願書、補正後の会社名による委任状及び図面を添付した本件補正書を提出したものの、出願人たる会社の法人証明書(登記簿謄本又は抄本)を添付しなかったこと、(3)被告は、昭和五九年二月一七日、「手続不備。(注)法人証明書、不存在証明書及び誤記に関する証明書(出願依頼状等)の添付がない。」との理由で、本件補正書は受理しないとの本件不受理処分をし、同月二四日これを原告に発送したこと、(4)その後約六か月経過しても、原告から被告に対し何らの書面も提出されなかったため、被告は、同年八月二八日、本件出願は指定の期間内に補正書の提出がなかったから特許法一八条一項の規定によって無効にするとの本件処分をし、同年一〇月三日これを原告に送達したこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、原告は、本件出願について、代理権を証明する書面の提出を命ずる本件補正命令を受けたにもかかわらず、本件補正書をもって法人証明書の添付のない委任状を提出したにすぎず、しかも、本件補正書について前認定の理由で本件不受理処分を受けた後六か月以上の期間が経過しても何らの書類も提出しなかったものであって、このような場合、被告としては、本件出願について法人証明書の添付がない以上、出願人の代表者の氏名を確認しえず、ひいては、右の委任状が本件出願の出願人の委任状であることを確認することができないのであるから、本件補正書は、まずこの点において、代理権を証明する書面の提出を命じた本件補正命令に適正に対応したものということはできない、といわざるをえない。

また、特許出願は、出願人が、被告に対し、その発明について特許を求める意思を客観的に表示する行為であり、これにより、先願たる地位等、出願の日を基準とした様々な法的効果を生ずるため、出願の主体である出願人が何人であるかは、願書に記載されたところにより客観的に特定されなければならない。したがって、願書の出願人の名称に誤りがあるとして、これを補正する場合は、補正前の名称の会社と補正後の名称の会社とが別会社ではなく、同一の法人であることの証明が必要であり、そのためには、補正後の名称の会社の法人証明書(登記簿謄本又は抄本)及び補正前の名称の会社が存在しないことの証明書ないしは出願人の名称を誤記するに至った経緯等を証明する書面等を添付して出願人の名称の補正をする必要があるものと解される。ところで、本件においては、前認定のとおり、本件願書における出願人の名称は、「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」であるのに対し、本件補正書添付の願書における出願人の名称及び本件補正書添付の委任状の委任者の名称は、「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」であって、住所は同じであるというのであるから、両者は、その名称において僅かに「カンパニー」の語が含まれるか否かの差異があるにすぎないものではあるが、会社名が全く同一ではない以上、補正前の名称の会社と補正後の名称の会社とが同一の住所に別会社として存在する可能性を否定しえないものであるから、本件においても、補正後の名称の会社の法人証明書(登記簿謄本又は抄本)及び補正前の名称の会社が存在しないことの証明書ないしは会社の名称を誤記するに至った経緯等を証明する書面がなければ、補正前の名称の会社と補正後の名称の会社とが同一の会社であると認めることはできないのである。そうすると、本件においては、前記のとおり、昭和五八年一一月二九日に本件補正命令が発送されて同年一二月二九日に本件補正書が提出され、翌五九年二月一七日に本件補正書について本件不受理処分がなされて以来、昭和五九年八月二八日に本件処分がなされるに至るまで、右のような証明書は一切提出されなかったのであるから、本件補正書に添付された、委任者を「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」とする委任状が、本件処分時において、本件願書に出願人として表示された「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」なる会社の委任状であると認めることもできないのである。

以上によれば、本件出願については、まさに、本件補正命令により指定された期間内に本件補正命令が要求した代理権を証明する書面が提出されなかったものといわざるをえないから、仮に、本件補正書が被告により有効に受理されていたとしても、特許法一八条一項の規定により本件出願を無効とした本件処分は、何ら違法なものということはできない。なお、右のとおりであって、本件不受理処分の効力の有無等については判断する必要がないから、その点の判示はしない。

原告は、(1)本件補正命令の指定期間内に、本件補正命令に適正に対応した本件補正書を提出している、(2)①補正前と後の両表示は、同一の法人を示しているものと解するのが社会通念に合致する、②優先権証明書のみならず、本件補正書と添付の委任状及び同時提出に係る理由書をみてみれば、補正後の名称が、出願人の正しい名称であることは明らかである、③被告は、原告が「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」の名義の下にした本件処分に対する異議申立を適法なものとして受理しているが、このことは、被告が「ザ デ ハビラント エアクラフト カンパニー オブ カナダ リミテッド」の表示が明白な誤記であることを認めたものである旨主張する。そこで、審案するに、右(1)及び(2)①の主張を採用しえないことは、前説示に照らして明らかである。また、成立に争いのない甲第三号証によれば、本件補正書より二〇日程前に提出された本件出願についての優先権証明書には、カナダ国において「ザ デ ハビラント エアクラフト オブ カナダ リミテッド」の名称で本件出願の基礎となる出願がなされている旨記載されていることが認められるが、特許を受ける権利を譲渡することはいつでも可能であり、本件出願に係る発明についても、例えば、カナダ国において右名称の法人により出願された後に、本件願書の名称の別法人に特許を受ける権利が譲渡される等の可能性も一般的には否定しえないのであるから、優先権証明書並びに本件補正書と同添付の委任状及び理由書の記載から、直ちに、本件補正書において記載された出願人の名称が、出願人の正しい名称であると即断することはできず、したがって、原告の右(2)②の主張も、採用しえない。更に、成立に争いのない甲第一一、第一二号証及び乙第一号証によれば、本件処分についての異議申立手続においては、原告がカナダ国オンタリオ州法の下に設立され存在する法人であり、かつ、原告の委任状に署名した者が原告の代表者である旨を公証する法人国籍証明書が提出され、また、異議申立書の添付資料として、本件願書において出願人名を誤記するに至った経緯を証するテレックス等が提出されていることが認められ、右事実及び前認定判断によると、右のような書類が一切提出されなかった状況の下でなされた本件処分と、右のような書類が提出された状況の下でなされた本件処分についての異議申立手続とは、その結論を左右する判断資料を異にするものであるから、原告の右(2)③の主張もまた、採用するに由ないものといわざるをえない。

二よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清永利亮 裁判官設楽隆一 裁判官富岡英次)

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